カラ=西アフリカ農村自立協力会の会報 「からばす」8号から

アフリカ女性の結婚

ジャワラ・サタ・シディベ(現地カラスタッフ)

  &nbspカラの会員のみなさま、こんにちは!! 代表の村上が7月マリに来た時に「サタ、アフリカの田舎に住んでいる女性の結婚について書いて、次のカラバスに載せるから」と言われ、私が24年前にワソロ村からマディナ村へ嫁に来た時のことを思い出して書きました。そして、昨年からバブグ村で行っているミクロ・クレディ(小規模の貸付)や穀物銀行を女性たち自身で始めたことを「バブグの女性たちはエライ、とうとう自分たちで始めてしまった。スゴイネ」と村上と話した時に、村上から「働いた収入をどのようにして貯えて置くの?」と聞かれ、そのことについても書きました。

  &nbsp結婚は、先ず少女達が12歳なると結婚についての教育、つまり嫁としての心構えについて母親から教わります。15歳になると通常は、既に決まっている嫁ぎ先へ行くのです。青年たちは、15歳頃になるとソロソロ教育が始まるようですが、特に両親のどちらからと言うことはないようです。結婚相手は、多くは普通、幼少の頃から家同士で許婚として決められ、彼らは自分の意向を言うことは出来ません。 母親の教育は、「お嫁に行き、嫁ぎ先で夫を拒否すると、夫の母親に嫁は追い出されること、義父、義母そして夫の兄弟・姉妹に従い、家庭内の問題は最小限に止め、どうしてもその家族に居られない状況になり、離婚したいような事態になった場合は、実家の両親が話し合いに行くが、それ以外については、全く嫁の両親は娘の嫁ぎ先には問題は持ち込まない、日常の金銭的なこと、多くの苦労は我慢するように」、ときつく教育されます。 結婚の日は、夫となる家族の老婦人が迎えに来て嫁ぎ先へ導きます。嫁ぎ先へ着いたら、村長宅へ家長に連れられて挨拶に行き、そこでまた嫁としての心構えを言われます「夫やその家族、両親、兄弟、姉妹を尊重することはすべてあなたの為なのです、自分の感情を抑え、たとえ夫婦間で不和が起きても、その苦しみを受け入れなければいけません。」と助言されます。私もこのように言われて嫁に来ましたが、私は第二夫人ですから夫と許婚だったわけではありません。嫁入り道具は母親が通常は揃えてくれます、しかしお金が無い時は自分で揃えなければ嫁に行けません。ですから最近は、多くの少女達が都会へ出稼ぎに行きます。嫁入り道具が揃わないと嫁ぎ先では家に入ることを許可してくれません。通い婚になって、例え子供が出来てもです。私は幸いに両親が揃えてくれました。特に祖母がたくさんのカラバスの器を準備してくれ、友人がそれを頭に高く積んでマディナ村まで送ってくれました。いろいろな炊事道具など、たくさん頭に高く積んで、賑やかに花嫁行列が続くのは見た目にも嬉しいことです。それから、子供の誕生についてですが、嫁に来て2〜3年経っても子供が生まれない場合は、親族会議が開かれ、第ニ婦人が決められます。この問題も夫は「第ニ婦人はいらない」と言っても、親族一同には聞き入れられません。第一婦人はこれを、例え不満に思っても、受け入れ「お姉さん」となって、穏やかに暮らさなければいけません。なかは、第二婦人が嫁に来る日は、第一婦人はどこかへ出かけ、何日も留守にしている人がいるようです。私の知っている人は、1年近くも留守です。第二婦人の生んだ子供に名前を付けるお祝いの時(バティム)には、第一婦人が背中に首の座っていない赤ん坊を負ぶってダンスをします、その間、本当の母親は客をもてなすために、お手伝いさんのように働きます。

  &nbspそれから、女性個人の財産(お金)管理の仕方についてです。アフリカの女性は、彼女の個人財産の所有者にはなれないのです。その権利を持っていません。妻は夫の家族の人間ですからすべての権利は夫にあり、お金はすべて男性のための物とする慣習があるからです。ですから女性の得た収入は、たとえ少しでも主人に渡します。また、女性が今貸付けを始めて、家畜の飼育で商いをして、羊やにわとり、やぎに子供が生まれたら、その子供は夫の所有です。そうしないと悪い嫁です。

  &nbspしかし、現在カラの活動が進み主婦は収入を得ることが出来るようになり、女性にとっては大きな変化です。女性も策をめぐらせて生きています。自分の金は実家の母親や友人に内緒で預けておくのです。たとえマリが近代的になっても、田舎の女性には違う世界の出来事でしょう。私も憤慨することが多くあります。 本当にアフリカの女性は大変です。

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